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参加者プロフィール

参加者1

損害保険ジャパン株式会社

佐々木 寛和さん

参加者2

三井住友海上火災保険株式会社

徳永 加奈子さん

参加者3

株式会社セブン‐イレブン・
ジャパン

早川 彩子さん

参加者4

エプソン販売株式会社

青木 晋平さん

参加者5

中央大学ビジネススクール

金 雲鎬 教授

「お客様の声に耳を傾けること」は、企業活動の基本といわれます。しかし、顧客満足度を追求した結果、企業の負荷が増え、業績に影響を及ぼすだけでなく、顧客満足の向上にさえつながらないという問題も起きています。研究でも、この“逆説”は裏付けられており、顧客志向は低すぎても高すぎても業績を下げ、顧客志向が高まるほど従業員のストレスが増すという結果が明らかになっています。 こうした「顧客志向のパラドックス問題」にフォーカスし、ビジネスの最前線で活躍する参加者たちの実体験を通して議論しました。

顧客第一を考えた施策が顧客満足につながらないことも

「お客様第一」はどの企業にとっても重要で、実際、多くの企業が顧客満足度を高めるために様々なマーケティング施策を打ち出しています。顧客志向が高まれば、顧客満足が高まり、財務成果が上がる。では、どうすれば顧客満足を高めることができるかがマーケティングの主軸になっています。ところが顧客志向を高めた結果、コストが膨らんだり、財務成果が上がらないということが起きている。場合によっては、顧客満足の向上が業績に悪影響を及ぼすことさえあります。こうした「顧客志向のパラドックス」の実態や発生要因について、皆さんに意見を伺いたいと思います。

早川

弊社はコンビニエンスストアですが、小売業では品揃えにおける顧客志向のパラドックスが発生しやすいと感じています。お客様にお買い物を楽しんでいただこうと品揃えを増やすと、売り場が複雑化し、在庫が増えて管理が煩雑化し、結局、廃棄や欠品が発生しやすくなります。例えば、おにぎりの品揃えが20種類から30種類に増えた結果、人気のある商品の欠品が増えたり、種類が多すぎて選びにくくなったりと、お客様の立場に立って実施した施策がかえって買い物体験の質を下げてしまうという矛盾を生んでいるのかなと感じています。 多分、皆さんもドラッグストアに行った時に、シャンプーの種類が多すぎると何がいいか分からなくて選べないということがあると思うんですよね。商品もある程度絞り込まないと、この売り場は見にくいから買うのをやめようかな、というパラドックスが発生している気がします。

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なぜそういう現象が起きていると思いますか?

早川

お客様一人ひとりの声を全て取り入れようとして、全方位的な対応を優先してしまったことが一因ではないでしょうか。その結果、売り場づくりや在庫管理といった店舗オペレーションが追いつかなくなることがあるのではないかと感じます。

なるほど。佐々木さんと徳永さんは損害保険会社ですが、いかがですか?

佐々木

弊社の主力商品の一つに自動車保険があります。この保険には、お客様一人ひとりの状況に合わせられるよう、様々な特約や契約条件をご用意しています。例えば、保険料に影響する年齢条件もその一つです。私たちは、年齢層を細分化することで、お客様がご自身の年齢に最も合った、より最適な保険料でご契約いただけるようにしました。お客様に少しでもメリットを感じていただきたい、という思いからです。しかし、ここに顧客志向のパラドックスがあると思います。良かれと思って細分化した選択肢が、逆にお客様にとって分かりにくさを生んでしまうことがあります。お客様にとって最良の選択肢を追求した結果が、かえってご負担や不利益感に繋がってしまう場合もある。これも、損害保険会社が直面している顧客志向のパラドックスの一例だと思います。

徳永

私は入社後、営業現場に11年、本社のDXを推進する部門に4年、現在は別の本社部門に在籍して4年目です。営業にいた時に感じていたのは、お客様のためを思って対応すればするほど社内の業務負荷が増え、結果としてお客様にも負担をかけてしまうという矛盾でした。損害保険は自動車保険、火災保険、海上保険など商品の種類が多く、商品ごとに膨大な特約があり、社会のニーズに合わせて増減します。それぞれに対応したシステムは複雑化・肥大化しており、商品改定のたびに全体のテストと再設計が必要になります。膨大な費用と時間がかかるうえ、社員にもその都度、商品知識に加えてシステムを使いこなし、お客様や代理店様へも丁寧な説明ができるよう、高度なスキルが求められます。まさに顧客満足を高めようとする取り組みがルールを煩雑化し、現場の負担や業務ミスを増やしてしまうというパラドックスを生んでいると感じています。

青木

弊社はプリンターの製造販売をしています。コピー機はお客様が使った枚数だけお金を払うというシステムなので、カラープリンター印刷を多く使えば高くなり、モノクロプリントなら安くなる。自分たちの用途や頻度に合った使い方ができますという提案をしてきたわけです。ところが最近、学校や企業などで、経費を削減するために印刷禁止とかカラー禁止といった現象が起きているんですね。使った分だけお金を払うというシステムがお客様にとって合理的でいちばん満足度が高いと思っていたところ、実際の現場では買っても使わせてもらえないというパラドックスが起きています。

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標準化による効率向上と差別化のバランスが重要

皆さん、いろいろなパラドックスに直面していますね。とても勉強になります。それらに対してどんな対策をされていますか。

青木

今取り組んでいるのは、モノクロでもカラーでも一定枚数以内であれば、どれだけ使っても料金が変わらない学校向けのパッケージプランです。教育現場で、例えば絵や写真を本来の色で見せることは大切ですよね。プリンターは学びのためにしっかり使ってほしいんです。学校の備品は教育委員会が購入することが多いですが、実際に使う先生や生徒の声を理解し、現場と教育委員会の間に生じるパラドックスを解消する商品の開発に力を入れています。

早川

弊社では、購買行動や、購買データ、マーケット情報などを分析して、店舗ごとの需要に合わせてお客様に求められているものをしっかり検討することが必要だと考えています。品揃えの適正化と、店頭での体験価値をどう上げるか、この2つをバランスよく両立させることが大切だと思っています。

徳永

最近、当社では「Fit to Standard」、つまりシステムの標準機能に合わせて業務プロセスを最適化していく考え方が浸透してきています。

佐々木

あ、うちも同じです!

徳永

業務に合わせてシステムをカスタマイズする従来の方式ではなく、システムの標準機能を最大限に活用することで、導入コストの抑制や迅速なバージョンアップへの対応などを可能にする考え方ですよね。当社では例えば全社員が利用する経費システムがパッケージ製品に変わりました。数か月経った現在では何事もなかったかのように日常業務に溶け込んでいます。変化の過程を皆で受け入れて、標準的な仕組みに慣れていくという経験も大切だと思いました。

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早川

標準化に関して言うと、弊社は少し違う考え方なんですよね。パッケージ商品ばかりを使ってしまうと、差別化が難しくなってしまう。他社と同じ商品を多く取り扱うようになると、飽きられてしまったり、本来のお客様のニーズを掴めなくなってしまう恐れもあります。敏感にお客様のニーズを捉えていくためには、独自のシステムや考え方は必要なのかなと思うので、どちらがいいのか難しいところではありますね。

標準化と差別化のバランスは難しいですね。早川さんの意見に対して、徳永さんはどう思いますか?

徳永

現在のようにシステムが複雑化している環境では、自社独自で開発すると安定性やメンテナンスの確保が難しくなります。一方で、早川さんがおっしゃっているとおり、他社との差別化も求められます。その独自性とシステムの安定性のバランスをどう取るかという点にも、大きなパラドックスを感じました。別の視点になりますが、商品そのものが複雑化している現状もあり、長期的には商品をスリム化することが、結果的にお客様の満足につながるのではないかと個人的には考えています。

早川

良かれと差別化していることが、私たちの自己満足の可能性もありますよね。ある程度パッケージ化して、少し特色を出す方がお客様にとってもわかりやすいのかもしれませんね。

徳永

早川さんが最初におっしゃったように、商品の多さがパラドックスを生んでいると思うことが最近あって。例えば、高級レストランや老舗のお店に行くとメニューが少ないことが多く、選択肢が少ない方が選ぶ時間もかからず、安心します。

佐々木

でもコンビニには新しい商品が欲しいですよね。ただ、自分はいつも同じ鮭おにぎりを選んでるかも(笑)。先ほどの学校プリントコピーの話、すごく面白いと思ったのですが、定額で使いたい放題という見せ方にしたことによって、使う側の心理的なハードルが下がったということでしょうか。

青木

そうですね。定額で何枚までという設定にすると、意外とお客様に受け入れられるんですよね。

佐々木

スマホのデータ定額とちょっと似てますね。自分の過去の使用量に合わせたプランなら、納得感があります。

青木

そうですね、基本的な考え方は一緒です。

顧客が本当に求めているものは何か、“納得ライン”を見極める

今のお話に出てきましたが、顧客が許容する、つまり納得という観点でちょっと考えてみようと思います。一つ事例を挙げると、スーパーマーケットのオーケーが提示している「オネスト(正直)カード」には、例えば「本日の果物は甘くないです」といった説明が書かれている。消費者は、それを見て納得した上で購買を決める。こうした取り組みの結果、オーケーはチェーンスーパーマーケットの中で顧客満足度1位を毎年取っています。顧客志向のパラドックスの問題を解決する上で、このような納得経営というものについてどう思いますか。

青木

実は、弊社もオーケーさんの『正直な情報開示で納得を得る』取り組みに近いことを始めています。弊社のリファービッシュ品(認定整備済み製品)は、回収した複合機を整備し、新品同等の品質を保証したうえで、手頃な価格で提供しています。資源循環や環境負荷低減にも貢献する仕組みですが、再生には専門工程が必要で、コストと効率性のバランスを取ることが課題です。まさにここにもパラドックスがありますよね。

佐々木

自動車保険の支払い対応の際に一般的には、お客様への連絡は丁寧かつ頻繁であるほど、満足度も高まると考えがちなんですが、お客様アンケートを見ると、むしろ連絡が少ない担当者の方が、お客様から高い評価をいただくことがあります。なぜこのような逆転が起きるのか。それは、お客様が求めているのが、コミュニケーションの量ではなく、事故の解決という質だからなんですよね。事故に遭われたお客様が最も期待しているのは、連絡の多さではなく、事故の早期解決と迅速な保険金の支払いという安心なんです。本当にお客様が求めていることを察して、満足というよりも、過不足なく納得してもらうことが必要なのかもしれません。

早川

時代の変化もあるかもしれないですね。昔はこまめなコミュニケーションやつながりが大事だったかも。

青木

時代の変化と言えば、弊社では翌日配送や送料無料といった出荷の基準を変えました。まさに納得してもらう取り組みですね。

早川

顧客納得経営とは、やはり理由を誠実に共有して納得感を作ることが必要だと思います。例えば、レジ袋の有料化の時、環境負荷の軽減のためにマイバッグを持参してください、ときちんと説明することによって、お客様に対して“環境のため”という納得感が醸成できたわけです。コンビニの場合、お客様が欲しい商品が無いとがっかりさせてしまいますが、「手間がかかるために少ししか生産できません」「限定商品です」などとお伝えすれば「大変なんだな、また来よう」と納得していただけることもあるかもしれません。納得経営は発信側と受け手側が情報を共有することで成り立つと思うので、企業として背景や理由を丁寧に伝える姿勢が重要だと感じています。

皆さんのお話から、納得経営に必要なのは情報を公開することと、誠意を持って説明することだと感じました。納得と信頼のかけ算で満足度が上がる、という構造ですね。今回の「顧客志向のパラドックスと納得経営」というテーマは、皆さんのこれからの業務においてどのような意義があると思いますか。

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佐々木

先ほどのお客様への連絡や対応という話に関連しますが、お客様によって納得の目線が違うんですね。例えば、交通事故の弁償や賠償の話をする時に、もちろん最低限ご説明しなくてはならないことはありますが、お客様によって細かい説明を求めない方もいれば、専門的な内容までしっかり説明を求められる方もいます。お客様とのコミュニケーションの中で、納得の目線を探りながら、個々に応えていく必要があるのかなと感じています。このお客様が何を求めているか、そのためにどういう行動をとるか、目的と手段を企業がしっかり考えていかなければと思います。

徳永

今回のテーマは、商品やシステムへの対応に日々追われている中で、立ち止まって考える良い機会になりました。よかれと思って一方的に過剰なサービスを与えてしまっていないか、相手に伝える努力をしているか、相手はなぜそれを求めるのだろうか、という本質的な部分に目を向けた時に、これまでとは違った対応ができるのではという気づきがありました。

早川

お客様第一と企業の持続性をどう両立させるかということを改めて考えさせられました。本当の顧客志向というのは企業の押し付けではなくて、お客様がまだ気づいていない潜在的な価値を提供することなのではないでしょうか。商品部として、データ分析だけではわからないことも多いため、お店に行き、お客様の購買行動を理解した上で、顧客志向を実現していくことが大事だと思いました。今、消費者行動論を学んでいますが、消費者の潜在ニーズを知り、新しい価値を提供するために、CBSで学んだことを実務に活かして会社に貢献したいですね。

青木

私はやはりMBAを学ぶ中で、差別化戦略の重要性を改めて感じています。日本企業は全方位的に良いものを作ろうとして機能を過剰に追加し、結果的に差別化が難しくなるケースが多いですよね。弊社でも、トップシェアを維持するためにラインナップを増やした結果、お客様が選びにくくなったり、需要予測が外れることがあります。何を優先し、何を削るかを明確にして差別化戦略ができれば、日本の企業にさらに成長の余地があるのではないでしょうか。

顧客志向のパラドックスを、皆さんもそれぞれの現場で経験されていることがわかりました。納得経営をしたいと思った場合、その納得のラインをどう測り、どこに設定するかはターゲットによって違う。適切な顧客の納得ラインを決めることが、納得経営の最も重要なポイントになると、皆さんのお話を聞いていて感じました。AI技術が進み、各企業がコスト削減や効率化のためにDX推進をさらに加速する中で、逆に効率も生産性も上がらず、システムの運用や保守に多大なコストがかかってしまうという現象も起こっています。デジタル時代においても、顧客志向のパラドックスが起こりうるということも考えながら、今回の議論を実務に活かしていただければと思います。今日はありがとうございました。

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金 雲鎬 KIM Woonho

[専門分野] マーケティング戦略、デジタルマーケティング
[担当科目] マーケティング戦略論/デジタル時代におけるマーケティング戦略
[略歴] 博士(商学)(神戸大学)/山梨学院大学現代ビジネス学部専任講師、准教授、日本大学商学部准教授、教授を経て現在に至る。
金 雲鎬 教授
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